21年、ホノルルに生まれたギャビーは貧しさゆえ学校教育は満足に受けることはできなかったが、音楽に天性の素養を発揮、まずはベースギターをマスターし続いてスティールギターを習得しながら古いアイランド・フォーク・ソングにも慣れ親しんでいった。初めてプロとしての演奏をしたのは12才の時だった。そしてギャビーはスラック・キー・ギター奏法を身につけ、ファルセットヴォイスをも手に入れ、数々のミュージシャンとのセッションを重ねていった。47年、「ヒイラヴェ」をスラック・キー・ギターで録音、第一歩を記したあと、50年代はワイキキ・レコーズなどに録音を残していった(前章を参考)。
60年、ハワイアン・アイランド・フォーク・ミュージックのリヴァイバルを願う親友エディ・カマエの誘いを受けザ・サンズ・オブ・ハワイに参加、ハワイ伝統音楽復活の旗印となった。ハワイの人にとってネイティヴなエリアであるワイマナロに住み、音楽を愛し、酒を愛し、友を愛し、妻エミリーと13人の子供を愛したギャビーは存在そのものがハワイだった。(Kamani Hilakawa) |