赤いフォードのピックアップトラックがウインカーを点滅させながらガレージへと滑り込んでくる。さっき降ったスコールが玄関先の芝とその脇に群生するイエロー・ジンジャーの花を瑞々しく輝かせている。マウイ島特有のこの雨は樹木や草花に時ならぬ気まぐれなうるおいを与えるとともに、空に巨大な虹を描き出したりする。
 車のアイドリング音が止み、妻と娘が降りて来た。「ダディ、明日のロディオ大会の会場をみてきたわ。」娘は玄関のドアを蹴破るように入ってくると、興奮ぎみに話し出した。マカワオの町では毎年7月4日に非常に大きなカウボーイのフェスティヴァルが開催される。ワイルド・ウエストさながらのカウボーイのショウや、パレード、ロディオや投げ縄の大会それこそ町をあげての一大イヴェントである。古くからパニオロタウンとしてその名が通っているこの町にはその系譜に牧童や牧場関係の仕事に従事していた者を持つ人々が沢山住んでいる。当然そのイヴェントも地元のボランティアの力によって支えられている。
 「レイモンド、ごめんなさい、お腹すいたんじゃない?今年はシンディーもロディオに出るからいろいろ手間取っちゃって。」「ああ、大丈夫だよ、それにしてもすごい西日だね。外の景色が金色にみえるよ。」レイモンド・カネアリイは消防士である。地元の消防署に勤務している。彼の家系も祖父までは牧童であった。彼の記憶の奥にあって時々さわやかな風とともに蘇ってくる祖父の思い出。そこには少年レイモンドが祖父の傍らでその小さな胸をわくわくさせながら聞いていた草原を牛を追いながら走るカウボーイの豪快な話と、いつも祖父の傍らにあったギターで奏でるスラックキーの調べと、皺枯れた声で歌う歌のメロディーと歌詞がいっぱい詰まっている。
 「明日は暑くなるわよ。」妻が言う。「今年はロディオ大会の女性部門、子供部門のエントリーがすごく多いの、それでシンディーもちょっとナーヴァスになっているみたいよ。」悪戯っぽい目を娘に向ける。「ちがうの、ダッド。私はね誰が出てこようと問題じゃないの。私自身がうまくやれるかどうか?心配しているの。ママみたいにうまくやれるかどうか。」レイは苦笑した。確かに妻のクラウディアは十数年前まではロディオ・レディース部門の常連で過去に何度か優勝もしている。クラウディアと恋に落ちたのもこの大会が舞台であった。キッチンに立った妻は困ったように眉を動かし言った。「ママの話はもう何年も前の話、それより明日のブーツとウエスタン・シャツを車からおろしておいてちょうだい。」レイはよく家族でハレアカラの山に昇る。ハレアカラ火山の頂上付近はかなりの標高で朝夕は防寒の用意が入るくらいだが、なだらかな2車線のワインディングロードを下ると気候も温暖になり麓の丘陵あたりまで来るとその気候に育まれたであろう豊かな緑の放牧地帯が広がる。牛が呑気に牧草をはんでいる様子が幼いシンディーのお気に入りで何時間も眺めていたことがある。
「シンディー、こっちへおいで。」レイはソファーに立て掛けてあったギターを取りながら言った。「初めてのことにトライすることは非常に勇気の入ることだ。」「我々の先祖は1800年代の初めに外国から来た人々に牛の世話の仕方や牛を放牧するやり方を教えてもらい、ハワイ史上初めて牧畜をしたんだよ。」1793年から行なわれたカラカウア大王の政策について話をした。末息子をカリフォルニアに送りスペイン人のカウボーイを招聘し地元の人々に技術を拾得させ、ハワイに事業としての牧畜を定着させた功労を誇りを持って愛娘に語っていった。「その時にね、スペインのカウボーイからいろいろ教えてもらったハワイアンのことをパニオロっていうんだ。」「パニオロは勇気があったのね。」シンデイーが言う。「誰もやってないことをやったからね。でもパニオロはもう一つすごく素敵な初めてをやったんだ。」派遣されたカウボーイ達には期限があった。数カ月して彼等はまたカリフォルニアへ帰って行ってしまった。カウボーイ達はハワイへやって来る時に最新の牧畜技術と独特のカウボーイの服装の他に、ギターを持ち込んだ。そしてギターは置き去りにされた。「当時のハワイには打楽器しかなかったんだ。だからパニオロ達は珍しくていつもスペイン人達がギターを弾くのを見ていたんだ。でもパニオロ達は牧場の仕事を覚えるのが忙しくてギターを覚えてる暇がなかったんだ。」レイはギターをポロンと鳴らした。「でもどうしてもギターを弾いてみたい彼等は置き去りになったギターを手にとって、自分なりのチューニングをしてみたんだよ。」またギターを鳴らした。「これがそうさ。パパはこれをおじいちゃんから習った。」レイの胸は敬愛の念で溢れた。「おじいちゃんも、おじいちゃんのお父さんに教わったんだ。パニオロの素敵な勇気をパパも受け継いでいる。」レイは先祖を敬い、家族や大切なものを愛する歌をスラックキーギターを弾きながら歌った。
 「シンディー、初めてのことはどうしても恐くて不安だよね、でもやろうと決めた時点でのその勇気は本当に価値のあることなんだ。今日、君がエントリーしてきたことにパパは最大限の称讃をおくるよ。結果はその後さ。」いつの間にか娘は微かな寝息をたてていた。その横顔にレイはそっと言った。「君もその勇気を受け継いでいるよ。」
essay 山内 久由紀 YAMAUCHI HISAYUKI
サーフ・ハワイアン・ミュージック・バンドという独自のスタイルで、心地良いサウンドを追求するププレ・ボーイズのメンバー。ギター&ヴォーカル担当。PACIFIC 57 RECORDSよりCD発売中!
詳しくはhttp://jean-nassaus.co.jp/Pages/pacific57records.htmlを見てください!