今回の撮影場所であるカウアイ島はこれでまだ二度目で、ハワイの四つの大きな島の中では馴染みが薄く、はたしてどう捉えたらよいものか定まらないままカウアイへ旅立った。カウアイはハワイ諸島のなかではもっとも古い島で、緑が豊かである反面、浸食などによる渓谷や洞窟があったりと景観が美しい。そのためかきれいなおばあちゃんのような島だなあという印象があったので、ギャビー・パヒヌイの唄から「カウアイ・ビューティ」というタイトルをいただき、それをテーマにしてみようと漠然と思っていた。ただ、前回のマウイ島の撮影で音楽の持つ力を十分に感じさせられた山本氏とぼくは、ハワイ独特のギター奏法であるスラック・キー・ギターのプレイヤーである私の友人をモデルとして同行してもらおうということだけは事前に決めていた。彼女は一児の母であり3代続く実家のお店を切り盛りする忙しい身で、女性としてターニングポイントの年齢にさしかかろうとしていた。そんな彼女が音楽を携えながらの旅のなかでどんなことに感動し、それを自分の中でどう消化し、自分の音楽として表現するようになるのか興味があった。そして彼女の中の何かが変わった時、リアリティのある写真が撮れるだろうと確信していた。
 しかしカウアイ島についたぼくたちはその時が来るまで前回と同様、強く探し求めるようなことはせず、ある日はノースのデッドエンドまで、ある日はウエストのデッドエンドまで気が向くままにハンドルを握り、道を間違うことさえ予期しないものに出会えるという楽しみの一つにしたぐらいだ。そして山や滝や川や、海や砂浜や椰子の木、花や鳥など美しいと思ったものをポラロイドで写していった。だが、これが「カウアイ・ビューティ」だと云えるものには出会っていなかった。
 原因があった。カウアイへの旅の始まりにホノルルで買ったJON&RANDYの『HAWAIIAN EYES』('80)というCDだった。カウアイに着き、自分でつくった2枚のカウアイにまつわる唄のコンピレーションを聴いて少し気分を盛り上げたあと、このCDをカーステレオのスロットに入れた。耳触りのよいソフトロック的なメロディがクルマのエンジン音とシンクロしていく。7曲目の「HAWAIIAN SOUL」が流れだすと急に頭の中に映像が浮かんできた。朝日か夕日のような逆光が海を照らしている。そしてシルエットで一人の男のひとがその海の遠くの方を見つめている。ライナーノートに目をやると、曲のタイトルのしたにGEORGE HELMの名前があった。ギャビーたちによってハワイアン・ルネッサンスが具現化されようとしているとき、彼もまた重要な役割を果たしていた。しかし、志(こころざし)なかば27歳の誕生日の数日前に彼は海の中に消えてしまった。歌詞の内容はその彼の歌声を心に感じ、彼の人柄を偲び、不遇の死を痛む内容だった。繰り返し繰り返し聴いた。軽く口に含んだわき水が体全体にしみ込んでいき、のどではなくて体全体がその水を欲しがるように、私たちはその音楽を欲しがっていた。そして、ぼくは本気で「カウアイ・ビューティ」ってなんなのだろうと考えはじめていたのだった。
 3日目、ノースのHA'ENAというところではじめてのモデル撮影のあと近くのLIMAHULI GARDENへ行った。何かの本でその写真をみて、日本の段々畑のある風景に似ていると思い興味を持っていたのだ。受付をすまし、いただいた日本語のガイドブックを片手に歩き出した。タロ芋の段々畑をゆっくりとすり抜けながら、植えられている植物たちの名前を読み取り、ガイドブックと照らし合わせていく。小川の流れが涼感を呼び、谷をわたる風が気持ちいい。いつもよりずいぶんと歩くスピードが遅くなっている。足を止め空を見上げようとすると、MAKANAという名の山が視界に入る。勇壮な伝説を持つその山はカメラを持った者たちにシャッターを切らせずにはおかない。しかも、見上げるたびに何度も。そして、勉強をするときのような見方で見ていた植物たちのほとんどがカウアイもしくはハワイの固有の種であることを知り、珍しいというよりも何故か愛おしく感じてしまうようになっていた。小高い丘に立ち下の方に目をやると先ほどの段々畑の全景が見えた。以前、買い求めた本にのっていたAHUPUA'Aの絵に似ている。そうか、ここはAHUPUA'Aだったのか。この景色全体が懐かしく愛おしく美しくみえる。海の水が蒸発し、それが雨となり山に降る。その一部は小さな流れから滝となり川となって田畑を潤し川に棲む魚たちを育てる。また一部は伏流水となり、湧き水となって人間や動物たちの乾きをいやす。海に帰った水はまた雨となって地上の者たちに恵みをもたらす。私たちはその自然の摂理に感謝し、尊敬の念を抱き、謙虚さをもってそれをあらわすために歌や踊りを捧げたのではないだろうか。受付に戻り、やや興奮した口調で「ここはカウアイ・ビューティですね!」と係の初老の婦人に云った。彼女は軽くうなずきながら「わたしもそう思いますよ。」とやさしく答えてくれた。