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今回の旅は余り計画を持たず、行き当たりばったりを楽しもうと思っていたが出発前に知人に紹介してもらったふみさんと旦那さんのルイにはぜひ会いたかった。4日の朝、土砂降りの雨があがったあとに宿泊先のロッジでの撮影をすまし、ふみさんに電話をしてHANAPEPEにある工房を訪ねた。そこはかわいい白い橋のたもとにある、ぼくの好きな場所のひとつだった。工房の壁の棚には二人の思い出の品やいろんなものが雑然と飾ってある。ふと下に目をやるとくたびれた段ボール箱にCDやカセットテープが大量に入っている。あっ、そのなかにあのJON&RANDYのCDが!そしてなんとGEORGE HELMのテープやDENNIS PAVAOがカバーした「HAWAIIAN SOUL」のカセットまでも。そのテープを聴かせてもらいながら、今回の旅の話やハワイアンミュージックについて楽しく会話した。繋がっているんだなあと思えたのがとても嬉しかった。そして二人は、忙しい手を止めて、ぼくたちをある場所に案内してくれた。そこはプランテーションで働く人たちの住宅が並ぶところで居住者かその親しいひとだけしか入れないプライベートエリアだった。一種独特のロコ度の異様に高い風景の中をゆっくりとクルマを走らせる。カメラのシャッターを切りたい衝動に駆られるが、ここは許可なしではご法度だ。一番奥にある、逆に云えばビーチの目の前にある家の前でクルマを止めた。庭のベンチに腰をかけ友人と昼間からビールを飲んでいたUNCLE MERLINを紹介していただいた。挨拶もそこそこにビールや自家製のスモークなどをご馳走していただいた。しかし、ANAHOLAのMICKY(MICHAEL SUSSMAN)との約束の時間がせまっていたぼくたちは心残りを感じながらも、また明日訪ねる許可を貰いクルマをANAHOLAと走らせた。ゼネラルストアで待ち合わせして、MICKYの先導でブッシュの覆い茂るダート道を奥へ奥へと進んで行った。カウアイコアで作る彼のギターはシンプルで力強い。そんな彼のタロがモチーフの新しいデザインのギターを久美子さんがつま弾く。気持ちよさそうに弾いている。東京ではみたことのない表情だ。そんな久美子さんをMICKYはやさしいまなざしであたたかく見つめている。カウアイ・ビューティだね、ギターも久美子さんも。そして、この日のすばらしい出会いの最後を飾ってくれたのは、ふみさんのHULAの先生であるKEHAUさん。とにかく目に力を持った方で、チャントやカヒコを教えるときはその目が厳しさを増す。しかしそれは、ネイティヴハワイアンの伝統を深く理解し、強い愛情をもって伝えていこうとする気持ちのあらわれなのだろう。ここにもまた、カウアイ・ビューティがいた。その夜、ぼくと山本氏は嵐が来るのを予感しそれに備えるかのように、ロッジにたどり着くと、そのままリビングに倒れ込んで眠ってしまっていた。
さてカウアイ島最後の日だ。久美子さんの顔はいい感じに抜けてきている。朝の光もいい感じだ。さあ、出発だ!いい写真が撮れそうだねと話していると、山本氏が大きな声をあげた。「予定している場所と逆の方向を走っている!」「えっ。でもまあいいじゃない。このまま走ろうよ。」踵を返すことなく走り続けた。海岸線に出て近くの浜辺がみえたとき山本氏がまた「あっ!」と声をあげてクルマをビーチの手前に止めた。朝のまばゆい光が黒い大きな岩にあたろうとしていた。しかも、その岩にはかわいい花と舟の絵が描かれていた。ここしかなかった。これだから面白いよね撮影、旅、人生は。次はお気に入り「HAMURA」の前の教会で撮影。あまりにも順調で「HAMURA」のオープンまでヤボ用をすましながら待つことになった。そして最後のサイミンをスープも残さず完食。思い残しのないようスペシャルにしたんだけど、翌日ホノルルに着いたらもう思いだして恋しくなってたっけ。最後のモデル撮影に向かう途中ELEELEという町に寄った。ここはぼくたちのレジェンド、スラック・キー・ギタリストのレイ・カーネの生まれた町だ。ぼくはレイへのおみやげにELEELEの教会の写真を撮った。HANAPEPEでふみさんと合流して、最後の撮影も無事にすんだ。これでカウアイでの撮影はほぼ終了、あとはUNCLE MERLINのポートレートとお家と近く風景を残すだけとなった。UNCLEへのおみやげを用意してあの場所へとむかう。いい場所だ。UNCLEが隣の別荘地をかすめながら歩いてビーチを案内してくれた。じつはここは知る人ぞ知るサーフィンのポイントでプライベートのため本当の穴場なのだ。家のベンチに戻り、おみやげのポキをひろげビールで酒盛り。でも山本氏は今回の旅ではお初のサーフィン、久美子さんもお初の入水。ぼくはふたりが海と戯れているのには目もくれず、UNCLEを相手におみやげのビールを片っ端から飲み干そうかという体勢へはいっていた。おそらく撮影が終わった安堵感に浸っていたからだろうか、それともこの場所の雰囲気がそういう気持ちにさせるからだろうか。途中から近所のお孫さん連れのおじいさんやAUNTYも加わり、VOL.12のハワイアン・ディスク・ガイドをみながら音楽話をしているとAUNTYの口からギャビーをもしかることのできたという偉大な女性ミュージシャンの名前が出た。しかも親戚だと云うのだ。驚くぼくにまたもAUNTYはつぶやいた。しかもハワイ島カラパナ出身の現役では最高のスラッキープレイヤーのあの人はいとこだと云うのだ。酔いのせいで聴き間違えたと思い問いなおすとやはり最初に聞いたとおりだった。あまりの衝撃にぼくは立ち上がりそのまましばらく立ち尽くした。今度はUNCLEが追い打ちをかけるように、日本でも有名なサーフロックバンドのメンバーの一人が甥っ子だよと云った。酔いが加速した。久美子さんを急いで呼び寄せた。AUNTYが偉大な女性ミュージシャンのお姉さん、つまりAUNTYのお祖母さんが写っている大切な写真をぼくたちのために持って来てくれた。お孫さん連れのおじいさんはニイハウ島出身で味のある歌とウクレレを披露してくれた。久美子さんがついていく。ぼくももたつきながら追いかける。UNCLEは瞳の奥にすこし憂いを秘めたまなざしでぼくたちをしずかにほほえみながら見守っている。ルイが仕事を終えてやってきた。ぼくたちをワイメアのバーでやっているライブに連れていってくれると云う。お別れの時がやって来た。急に涙があふれはじめた。どうしようもないくらい出て来た。本当はこの人たちがカウアイ・ビューティなのかも知れないと思った。長い間プランテーションで働き、この海の前の家に住んで50年の歳月を重ねた。11年前のハリケーンで荒れた家の周りにコツコツと花を植え、植物を育て、身の丈の生活をしてきたUNCLEとAUNTY。静かな落ち着きを持った二人は、日本から来た酔っ払いの異邦人をやさしく抱いてくれた。カウアイ・ビューティとは決して特別な美しさを持つものをさすのではなく、カウアイという島に根ざし、自然の恵みに感謝し、自然の怒りを恐れ、自然に対して敬う心を持ち、謙虚な気持ちで接している人々やその生活のありようのことかも知れないと思った。カウアイから戻ってしばらくたったいまでもその考えが変わらないばかりか、すこしずつより確かなものになっていると思う。
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